一日の始まり 5月8日

 今朝は・・・夢心地からパッと目が覚め3時前。

 いつものように布団から起き出しパソコンに向かう。

 4時近く・・今日の一杯目のコーヒーを入れに部屋から階段を腕と右足で身体を持ち上げ・・・無事階段を降り。

 松葉杖で洗面所へ。

 洗面化粧台にもたれかかりながら歯磨き・・・しみる。

 歯茎に。

 隣の居間から声が・・・愛犬の声が・・何かしら言っている。

 歯磨きを終え居間に・・。

 もう愛犬の姿は見えない。

 のどが渇いたのか・・・用を足しに?

 台所へ・・無事コーヒーを入れ終わり松葉杖で階段まで。

 階段をまた腕と右足で重い身体・・お尻をを持ち上げ。

 よいしょ・・。

 やっと階段を上がり部屋まで・・・。

 やっとたどり着き・・疲れた。

 再びパソコンに向かい日記の書き込みを始める。

 昨日は・・・家から一歩も出ず。

 買い物は次男に任せ。

 妻は庭弄り・・・愛犬はその姿を見て。

 愛犬は妻が視界から消えるとうろうろと妻の姿を追いかけ。

 そんな一日が終わり・・・。

 昨日は長男から電話がこなかった?。

 毎日話すこともないのだが・・。

 今日は・・5月8日。

 妻は仕事。

世界赤十字デー

1948年にストックホルムで開催された第20回赤十字社連盟理事会で決定。5月8日が赤十字社の創設者、アンリ・デュナンの誕生日であることから。

第二次世界大戦中に命を失った全ての人に追悼を捧げる日( 世界、〜5月9日)

2004年の国連総会にて制定。5月8日・9日のいずれかまたは両日に、第二次世界大戦で命を失った人々全てに追悼を捧げるよう、国連加盟国、国連諸機関、NGOおよび全ての人に対し要請している。

ゴーヤーの日

沖縄県とJA沖縄経済連が1997年に制定。「ゴー(5)ヤー(8)」の語呂合せと、沖縄県では5月を境にしてゴーヤー(ニガウリ)の出荷量が増えることから。

1970年 – ビートルズの最後のアルバムLet It Be』発売。

レット・イット・ビー レット・イット・ビー
osadasoft



1847年(弘化4年3月24日) – 善光寺地震

精神疾患、13病院受け入れられず 救えた命・・・・

長男は担当医の勧めで事務の仕事にも就いた。だが薬を飲むと頭がもうろうとし、欠勤が増えた。薬を抜き仕事を続けたが、今度は幻覚や妄想に悩まされた。精神科病院へ入退院を繰り返し、10回以上転職した。30代半ば過ぎから「もう死にたい」と言い出した。 …

こころを救う:精神疾患、13病院受け入れられず 救えた命では – 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/science/news/20101226ddm041040124000c.html

遺族「どうして心の病というだけで」 精神科あるのに--「専門外」とも

「心の病を抱え、今は苦しまずに逝ったことが幸いだったと思う」。

10月下旬、東京都東久留米市で精神疾患を理由に救急搬送できずに死亡した男性(当時44歳)の自宅を訪ねた。「救えた命だったのでは」。

母親が長男の異変に気づいたのは23歳の時だった。アルバイトから帰ってくると突然母親に食ってかかった。

薬を抜き仕事を続けたが、今度は幻覚や妄想に悩まされた。精神科病院へ入退院を繰り返し、10回以上転職した。

母親が呼び掛けたが返事はない。こたつの脇に布団を敷いて寝かせ、見守った。

「経理の資格を目指し一生懸命勉強して、結婚もしたかったろうに」。意識が戻らないまま息を引き取ったのは、その約12時間後だった。

1回目の命日を過ぎた頃から、両親は気持ちに折り合いをつけようとしてきた。「難しい病気だったから私たちが先に逝って息子が残ってもかわいそうだった。

最後に親孝行したのかも」。取材の申し出は、その思いをかき乱すことだったのかもしれない。

お父さんも必ず、仏壇のかねを2回たたいて布団に入る。口には出さないけど悔しいと思う」

12月中旬、両親は消防の担当者から救急搬送の経緯を聞き驚いた。

受け入れ要請したのは有名な大学病院や総合病院ばかりだった。精神科があるのに「精神は専門外」と断った病院もあった。

どうして心の病というだけで診てもらえなかったのか。息子の命はそんなに軽かったのでしょうか